マジカルボディ札幌院長
佐々木憲司
勤務歴:2021 年入社
マジカルボディ札幌院長
マジカル骨盤矯正考案者
趣味 キャンプ・登山・旅行
好きなもの グラタン
16歳で志した道は「医療の職人=治療家」になること
16歳で志した道は
「医療の職人=治療家」になること
____原点の話から聞かせてください。治療家になる道を決めたのはいつでしたか?
柔道整復師になることを志したのは高校1年生の時です。昔から職人の世界が大好きで、自分も職人になりたいと思っていたんですよね。
その中でも医療の職人、治療家になりたいと思ってたんです。なので、治療家になるために、進学は柔道整復専門学校しか考えていませんでした。
しかも狙ったのは、日中現場で働ける「夜学」一本のみでした。
なぜ夜学だったかと言うと、少しでも早く現場に出て施術をしたかったからです。
____専門学校時代はどうでしたか?
専門学生になったと同時に医療業界に飛び込みました。患者様がはじめに訪れるのは病院や整形外科なので、まずは病院のことを知っておこうと思い、すぐに病院勤務を始めました。
日中は病院勤務、夜は専門学校という毎日を送っていました。柔道整復師になって札幌で整骨院を開業することを目標に勉学にも励みました。
でも実際の現場を経験しながらの勉強だったので、正直、現場では使い物にならない物がほとんどだなっていう風に思っていました。
なので、病院勤務で経験したことが、私の治療家としての基礎固めとなっていきました。
終わりなく続く学び。実践の数だけ知識も技術も増えていく。
終わりなく続く学び。
実践の数だけ知識も技術も増える。
____病院勤務を経験したことで得られたものは?
学生の時から数えると、15年に渡り、札幌市内の整形外科クリニック・整形外科病院・中堅の総合病院、小樽の整形外科とサテライトのクリニックといろんな病院で勤務させて頂いて、数え切れないほどの症例を診せてもらえました。
通常であれば、ドクターのオーダーによるリハビリをこなしていくだけなんですが、ありがたいことに行く先々の病院で、自分自身で患者様のリハビリプログラムを作成し、検査から施術までのすべてを担当させてもらえることが出来たんですよね。
やっぱり実践から得たものは大きかったです。
____病院勤務での実践が大いに役立っているんですね。
実践もそうですが、『学びたい事は自分で学ぶしか方法は無い』という考えでしたので、この期間は、西洋医学の観点から徹底的にからだの動きや姿勢、筋力検査法などの勉強にも力を入れ、いろいろな講習会・勉強会に積極的に参加していました。
国家資格を取得し、柔道整復師となった後は、基礎解剖(体の内部にメスを入れて調べること)と、リハビリテーションの世界観での勉強も追求していきました。
自分の技術に限界を感じ始めた時期
自分の技術に限界を感じ始めた時期
____実践も勉強もそれだけこなしていたら結構自信もついたんじゃないですか?
そうですね。いろんな学びや経験を通して、診断スキルとか症状を見抜く力や、早期に回復させる技術は高まっていったと思います。
でも一方で、自分のリハビリテーション技術に限界を感じるようにもなってきたんです。
____そうなんですか?どんな時にそう感じてたんですか?
今まで上手くいってた症例だったり、学んだことを実践してるのに、思ったような回復に至らない事もあったからです。
人を元気にしたい!お役に立ちたい!そう思っているのに、それが出来ない時があるのが本当に悔しかったんです。
「どうすればよくなるのだろうか?」「あと何を学べばいいのだろうか?」と葛藤に苦しむ毎日を送っていました。
思わぬ転機!挑戦したからこそ得たこと
思わぬ転機!
挑戦したからこそ得たこと
____そうだったんですね。何かそこから抜け出すきっかけみたいなものがあったんですか?
ちょうどこのタイミングで、よさこいソーラン祭りに興味をもち、大賞経験もある「JAL 極楽とんぼ」チームに参加したんです。
このことが思わぬ転機となったんですよね。
当時、所属したチームの中では、怪我や不調をきたす踊り子さんが続出してたんですよ。それを見た私は、治療家として不調の踊り子さんを放っておくことは出来ず、テーピングなどで応急処置のお手伝いをするようになったんです。
4年目には演舞する側から降りることを決め、チームを裏で支える専属トレーナーに徹するようになったんです。
最大で150人ほどを抱える大所帯を1人でサポートすることになっていました。
____150人を1人でですか!?
そうなんです。
医療関係の仲間からは呆れられてましたね (笑) 医療・スポーツ業界の常識から考えても、ひとりで150人もの大人数を把握し、処置をすることは無謀と思われていたからです。
でも挑戦してみたかったんですよね。人がやったことのない世界を乗り越えた先には、絶対に何かを築くことができる!と確信していたので。
強みは、経験が育ててくれた。
強みは、経験が育ててくれた。
____経験したことで築けたものは何でしたか?
現在の私の強みでもある「不調の原因を瞬時に見抜く目利き力」と「不調を的確に改善する技術力」を経験が育ててくれました。
信頼関係を得ていたチームの踊り子さんたちを何度も繰り返しケアしていくうちに、不調の時の姿勢や動作の違いがひと目でわかるようになってきたんですよね。
大人数のケアを時間内に終わらせないといけない条件下でやっていたことで、短時間でケアを終わらせる技術も身についていました。
____治療家としての自信にも繋がったんじゃないですか?
それが整骨院を開業して数年が経った頃、再び壁にぶつかったんですよね。
骨や筋肉などをどのように施術しても、どうしても変化しない現実に直面したのです。西洋医学での施術に限界を感じはじめて、「何か方法はないだろうか?」って必死で答えを探していました。
そんな時に日本古来の施術法である「活法(かっぽう)」に出会ったんです。
どんな悩みでも解決に導ける治療家になるために
どんな悩みでも解決に導ける
治療家になるために
____その施術方法が今の佐々木さんの技術の元になってるんですか?
はい、そうですね。
今まで技術ばかり追求してきたんですが、活法では技術はもちろんのこと、ものごとの在り方や意識の向け方、触れ方や立ち位置に至るまで、細やかに活法の神髄を学ばせて頂き、身体のみならず、心やお客様の背景(今までの経緯)までを包括したカウンセリングと施術に変わっていきました。
西洋医学の基礎となる解剖と姿勢や動作を15年に渡り研究してきたことと、東洋医学である活法の考えや在り方を融合させたことで、今まで時間や期間を要した症状や症例も、まったく時間をかけずに変化させる事ができるようになっていきました。
____お客様からの反応はどうでしたか?
「シャシャシャ!って擦っているだけで、どうして変わるの?」って不思議がられるお客様が多いです ( 笑 )。
施術法に「マジカル」という名前を付けたのも、「何かわからないけど、すぐに楽になるから魔法みたいですね!」と言ってくださったお客様の言葉から生まれたんですよ。
____マジカルってそういう事だったんですね!納得です ( 笑 )
では最後に、これからの目標を聞かせてください。
痛みや不調で悩んでる人たちを少しでも楽にしてあげて、たくさんの人の笑顔や喜ぶ顔を見ること。
これは16歳の時からずっと変わらず持ち続けている思いですが、これからは自分だけではなく、マジカル骨盤矯正の技術を一緒に学び、一緒に活躍してくれるスタッフを増やしていきたいです。
____そのために今取り組んでいることって何かありますか?
今はスタッフ研修に向けた準備を進めています。
でも私はクリエイタータイプで、技術もどんどん進化させちゃうし、感覚人間なので伝えたいことを言語化することが苦手なんですよね。
ここがもっぱらの課題なんですが、自分だけ出来ても人に説明できないと広げていくことができないので、出来るだけわかりやすく伝え、理解してもらえるカリキュラム作りが出来るよう取り組んでいます。
医療の職人として、今までたくさんの人を痛みや不調から救ってきたマジカル骨盤矯正法。これからは後任者を育てていくことで更にたくさんの笑顔が増え、より明るい未来が待っているのだろうなと感じるのでした。
撮影・インタビュー・編集
増田 志保
フォトグラファー
1973年徳島生まれ。
株式会社 フォーワンフォトデザイン代表。
「想いを伝えるお手伝い」というコンセプトのもと、中小企業や個人経営のお店向けに、
写真撮影編集、動画撮影編集、WEB デザイン・DTP デザインを行っている。
ポートレート撮影会を年4回開催中。
https://forone-photodesign.com/
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